この優しさをお互いに理解する日は来るのだろうか。
※この記事は週刊少年チャンピオンで連載中の漫画『吸血鬼すぐ死ぬ』(著:盆ノ木至)の考察記事であり当該作のネタバレを多分に含みます。
※最新コミックスまでの内容の他、原作者・公式アカウントツイッターで過去発信された情報に触れる可能性があります。ご注意ください。
先端着衣
188死『服は異次元から出てくる』では、ロナルドが吸血鬼ファッションリーダーの催眠を浴びてしまい、ファッションセンスが白紙になり……目の前に現れた存在を「ファッションリーダー」だと思って即座に真似してしまうようになる。
この流れで、ロナルドは全裸になったり全裸に小物をつけてみたりと色々アウトな格好を自信満々でやらかすのだが……。
この188死に出てくる……頭と手足だけ小物をつけて後は全裸!というそれ。
帽子とブーツと手袋だけで夜な夜な徘徊してるとか
━『吸血鬼すぐ死ぬ 2』/14死/p.34 *1
なんだか……14死で半田が言っていた「パンチのきいた恥辱の醜聞」の例そのものなのである。
特にファッションの自我が確立しはじめちゃった段階……「人間・先端着衣退治人の爆誕だ」の図とか正に、「全裸で帽子手袋ブーツ」ではないか……。
しかしながら。
ロナルドの「同じ」格好とは裏腹に、ドラルクの言葉や行動は全く違っている。
してたら私はこの家を去る
━『吸血鬼すぐ死ぬ 2』/14死/p.34
14死時点ではドラルクは、半田の「醜聞」の例が現実に在ったら事務所を出て行くと言っているが、188死ではそんなことはない。行き過ぎた想像図だったものが勢い余って目の前に現れても、懸命に矯正し、フォローし付き添った。
全裸の男と同じ部屋にいられるか!!
一刻も早く誰かに押し付けるぞ
━『吸血鬼すぐ死ぬ 16』/188死/p.30*2
↑のように「押しつけるぞ」と口で言っていた割には、自分が出ていくことも、ロナルドを追い出して放置することもない。何とか矯正し、全裸じゃなくなってから部屋に一緒に帰る。
ということは結果的に言えば「同じ部屋にいる為に、全裸をやめさせるぞ!」という行動なのである。
同じ部屋で過ごすということを前提に思考しているわけで、「この家を去る」ような気配など1ミクロンもない……。
つまり、14死から188死までの出来事で、ドラルクはロナルドに対する思考が自然と変わっているのだ。
そうか、同居し始めから、色々な出来事を経て変化した部分が対比になって、わかるようになっている……。
つまりこれを、『188死先端着衣対比』と呼ぶ。(呼ばない)
知らない
14死と188死で違う部分と言えば、ドラルクが **ロナルドのことをどれくらい知っているか** という所だ。
というかそもそも、半田が「 帽子とブーツと手袋だけで夜な夜な徘徊してるとか」と言い出したのも、**ドラルクがロナルドを全然知らなかったせい**である。
半田は、自分の知らない「ロナルドの弱み」を同居するドラルクから聞き出そうとしていた。
しかしドラルクは、賄賂(ゲームソフト)を受け取り協力する姿勢を見せた上で「弱み」として**「セロリ嫌い」や「巨乳好き」**などと言った……。
188死時点からすると、これはまあ確かに半田の言う通り**「常識」**だ。高校時代の友人なら**誰でも知っている**、ロナルドも本に自分で**書いちゃっている**。恥じらいがあったとしても隠せているものではない。
でもドラルクはそういう事情は**「知らない」**。本は読んだものの、半田のように一字一句覚えているわけでもない。なので、本気で「弱み」だと思って言ったのだ。
なんなら、**セロリの異様な苦手っぷりについて知ったのは14死の一つ前の13死**『台所リベラルフォース』である。知りたてほやほやの知識。
「ロナルドが慌てて片付けた何か」の存在に気がついてからも、やっぱり**「ロナルドのことを知らない状態」でしか言えない予想**を口にしていた。
本気か……?
**振り返ると衝撃**である。
ロナルドに交際経験があると思ってるし、SMクラブに1人で行っていると思っている。
そして、「自分の弱み」を保身から隠したのだという前提で「どういう弱みなのか?」という予想を話している。
しかし実際ロナルドが隠そうとしていたのは、「半田の精神にダメージを与えるもの」。
お前が見たらショック受けるだろうと思って……
━『吸血鬼すぐ死ぬ 2』/14死/p.38
自分の都合はほぼ関係ない。半田の為。要は、優しさ、気遣い……。
公式ファンブック(23p)にも「心優しき暴力ゴリラ」と称されるように、ロナルドの優しさは今となっては疑う部分ではない。
だから、半田を気遣ってわざわざファンレターを隠した優しさも全く違和感はない。
ないのだが……。
どうやら、この時のドラルクには予想に反した新鮮なギャップだったようである。
ロナルドの思いやり
14死で、「半田の精神にダメージを与えるもの」をわざわざ隠してあげていたロナルド。
この優しさを前提にすると、それまでの描写の中でひとつ、気がつくことがある。
もしかして……
これって、13死の「クローゼットの中の殺鬼剤」と「床下収納のニンニク」も同じ構図じゃなかろうか……と。
「ダメージになりそうなものを、前もって目に触れないように隠しておく」。
それを、ドラルクにもやっていたということ。なのでは?
ドラルクは、ニンニクや殺鬼剤でダメージを受けてしまうので。
半田のためにファンレターを隠す。
ドラルクのためにニンニクを隠す。
うん。同じじゃない??
こう考えてみると……
確かに「退治人の家に殺鬼剤やニンニクが在ること」は極めて自然な筋で、むしろ13死までドラルクが気がつかなかったことの方が不自然に思えてくる。
それなら、ロナルドが隠していたという方が無理がない。
そして、その行動は半田への優しさの「型」と一致している為、なるほどこれも優しさかと納得できる。
できるし、13死14死という連続性から見ても描写が重ねられているなぁと思うのだが、
不可解なのはこのロナルドという男、ヒナイチが初めて来た時(6死)なんかにはニンニクチューブをサッと出してジョンに塗り付け、ドラルクを攻撃しているのだ。
?
ニンニクチューブのジョンアタックをやっておいて、素のニンニクや殺鬼剤を隠す気遣い……???
なんと、不思議な…………。
しかしながらこの、一見矛盾ともとれる「容赦のなさ」と「優しさ」の共存。何もニンニクや殺鬼剤に関することだけじゃなくて、ドラルクに対しては常にあったりする。
どっちも本当
例えば。
3死で、ドラルクが「成分調整のヤツ嫌いなんだよ」と牛乳を取り出す場面がある。
対しロナルドは「冷蔵庫開けんな!!」と怒鳴る。怒鳴るのだが……。
その後の4死にて、著書を褒められた直後に特選牛乳を「買ってあったから」と出したりするのである。
褒められたから買ったのではなく、「買ってあった」と言っている。3死には冷蔵庫になかったのに。すなわち3死と4死の行間で買ったことになる。嫌いって言っていたから。
わあ、優しい。
でもドラルクを弱いながら吸血鬼として警戒してもいたのも確かだ。25死では、「監督責任」という理由で新年会についていったりした。つまりはそれだけ信用ならないということ。まあ毒ガスやらヤバそうなビームやらを浴びせようとしてきた相手なのだし、警戒しないと言う方が難しいだろう。いくら弱いといっても。
そう……本当。これも本当。
Q.優しいの?容赦ないの?どっちなの?
A.どっちもだよ!
なるほどね。
右のスピーカーで子守唄を流し、左のスピーカーでパンクロックを流すようなもんである。うるさいし訳わからんけど、音を出すこと自体はできる。
同時出力というやつだ。
「吸血鬼退治人としての容赦のなさ」と「生来の優しさ」の、同時出力。
特選牛乳を買ってくるのも、冷蔵庫を開けただけで怒鳴るのも。
殺鬼剤を隠す気遣いも、ニンニクチューブジョンアタックも。
たぶん全部本気。
武器を持ってファイティングポーズを取りながら、相手の足元にある地雷を「ああこれは危険だよな」と取り除いてしまう。
どっちもやっちゃうんだから仕方がないのだろう……。
優しさに気づかない
しかし、ロナルドのことをよく知らなかった初期のドラルクは「優しさ」の方にはあまり気がついていなかったようだ。
ΘゞΘこのニンニク、絶対私にぶん投げるために買ってただろ#吸血鬼すぐ死ぬ
— (アニメ吸血鬼すぐ死ぬ2配信中!)盆ノ木至(25巻発売中!) (@bonnoki) 2021年12月27日
↑上記は、アニメ4話の放送(13死『台所リベラルフォース』の内容含む)に合わせたドラルクのツイートである。
盆の木先生によるアニメ実況アカウントジャックツイートは放送時現在のドラルクが当時を思い出しながら呟いているといった体だが、ここでもやはり「床下のニンニク」をロナルドの優しさとは捉えていないとわかる……。
半田母のファンレターを隠した「優しさ」という意図に思い至らなかったのと同じ構造だ。
14死は、そんな風に「ロナルドの事を知らないドラルク」もはっきりと気が付く、「ロナルドの優しさ」が前提になった回だった。
よく知っている
一方、188死で「優しさ」を発揮しているのはドラルクの方だ。
「同居人が全裸で活動する」ということを嫌がっているのは14死の通り確実であるが、当時の発言のように「この家を去る」ということはない。
仕事をキャンセルしてあげて、自力でなんとかならずともギルドに連れて行き、皆で懸命に矯正し、多少緩和したら付き添って休ませようとしてくれている。
優しい。
188死でのドラルクは、14死とは違い「ロナルドをよく知っている」。
よく知ったロナルドだから、特別に「優しさ」を出すようになったのだろう。
そしてロナルドはというと、188死では……
深層心理からイケてないって思うっていうか…
━『吸血鬼すぐ死ぬ 16』/188死/p.34
「イケてない」という理由でドラルクにだけ全く影響を受けなかったりした。
188死の催眠下ロナルドは、周囲の人々から次々に影響を受けてファッションを変えていた……皆に少しずつ「イケてる」を感じていたのに……。
例外的に、ドラルクにだけ。一切影響を受けない。
特別な反応だ。
これも対比と考えると、188死でのロナルドが、14死の頃とは違い「ドラルクをよく知っている」から一切影響を受けなかった……。
ということになるだろうか?
ふむ……。
そう考えてみると、188死で最も「イケてる」存在……「仕事に戻ろうぜ!」と言っていたロナルドに仕事を放らせてしまうほどのファッションリーダー力を持つポール氏は、
「初対面」で
「ロナルドの知らない世界の住人」で
「よく知らない沢山の人からの支持を集めている」
という、
全然知らない3連コンボなのである。
「イケてない」ドラルクはよく知っていて、「イケてる」ポール氏はよく知らない……!
ロナルドを「ハッ」とさせやすかったジョンも改めて考えると「よく知らない沢山の人からの支持を集めている」というポール氏と同じ要件を満たしている。
ビキニも「ハッ」とさせるファッションリーダー力があった。彼もビキニ集団を率いている存在だし……その集団の構成員のことは、ロナルドは「よく知らない」。人数も、名前も……。
マスターはギルドメンバーに頼られてファッション指導をした為、その分ショットたちよりロナルドを従わせる力が有ったが……「ハッ」とさせるまでではなかった。
つまり、ファッションセンス催眠とは……
「よく知っている、よくわかっている」と感じる、自分に近い事物ほど「心が動かなくなる」催眠。ということだろうか?
日本語の歌詞より英語の歌詞の方が洒落て聞こえる、のような。
そういう「なんとなく」の感覚を拡張した催眠。
ロナルドが最終的に新横を離れてしまったこと、ポール氏の日本巡業についていってしまったのも……この理屈なら頷ける。
よく知っている馴染み深い新横より、知らない場所、外側の世界の方が催眠下ロナルドには魅力的で「イケてる」と感じるだろうから。
そうだとしたら……
ドラルクに対して言った「深層心理からイケてない」は、
「ドラルクのことをよく知っているし、よくわかっている」
「ドラルクは自分にとって近い存在」
という意味になる。
(あとついでに、人気者だとも思っていない)
催眠状態というのは……自分の心に嘘をつけない状態だ。Y談催眠中は「自分が本当に工ロいと思う単語」じゃないとストレートに言うことができない、というのは124死でヘルシング氏が検証していたので、これは間違いない。
だから、心の底からのものなのだ。催眠による言動がどんなものにしろ、その根本となる「深層心理」、気持ちに嘘はない。
ここで言うのなら、
ロナルドは、ドラルクを心から「よく知っている存在」「近い存在」だと思うからこそ離れて、「よく知らない存在」であるポール氏について「よく知らない外の世界」へと出て行ったということ……。
そうか、
これが188死の「この家を去る」か。
つまりこうだ
こういうこと……かな!?
14死では、ロナルドが優しさを。
188死では、ドラルクが優しさを。
14死では、ドラルクが「この家を去る」を。
188死では、ロナルドが「この家を去る」を。
14死でセリフや想像図、間接的な描写に過ぎなかったものが、188死では実際に展開として現れている。
そして、その背景にあるのは、ロナルドとドラルクが過去と比べてお互いのことを随分知ったということだ。
2人とも……お互いのことをよく知って、より近い関係として認識するようになった。
「血族以外はどうでもいい」(9死)と言っていたドラルクは、少々のことでは見捨てず世話を焼くようになったし……
ドラルクを吸血鬼として警戒していた筈のロナルドは、催眠下のような嘘のつけない状態においても、深層心理から「自分に近い存在」と判断するようになった。
これは……188死まで過ごした本人たちの意識としては自然なことで、大騒ぎするようなことではないのかもしれない。けれど、14死時点の過去の彼らからしたら、とても大きな変化で、「信じられないこと」だったりするんじゃなかろうか……。
先端着衣の一致によって、そういう変化がわかるようになっている……。
そうだ……これを、『188死先端着衣対比』と呼ぶ。(呼ばない)*4