考察キッチン

KOUSATSU-KITCHEN

埋まってたし埋め放題だったね『誰ソ彼』アニメ所感 第2話

何か2話目にして「誰ソ彼ホテルってアニメ化したんだ……」の実感が急に湧いてきて感情が暴れてきたのでゲームとの細かい比較はちょい後回しにするします

自分でも意味わからん何感情の自覚に2話分かかってんだ

ごめんだけどシーン順にメモるとかいう冷静な真似は無理(逆に何故先週はできたんだろう 先週だけ人外だったのかも)

エンディングさん……?


というかなんだあのエンディングは聞いてない 本当に聞いてない
確かに2話見るまでSNSから離れてたので聞いてるわけないんだけど

おーそとまさきとねこつかはらのパジャマおベッドが急に出てきてビビビった
「え!?は!?一緒に寝てる!?」って思って2秒後に却下しました
そんな都合のいいことがあるわけがないだろスカタン💣目を覚ませ

よかったねまさきくんつかはらねこのパジャマすごく可愛いね おやすみ おはよう



というか大外の実家ですよねコレ……?絶対窓の外の森も敷地内じゃん
こりゃ埋め放題だね(最大限のオブラート)


「生きたい」に対する肯定

というか安藤さんの話、正直グっときた お母さんの電話良すぎ
何度も読んだ話だけど探索とか尋問ってちょっと感情の流れを断ち切る部分あるんだろうね

安藤さんて探索中に理不尽に怒鳴ったり尋問で塚原に反論してイライラしたりとかしてた印象あるけど、アニメではそれがなくて余計グッときちゃったのかもしれんとはちょっと思った

しょーもない人だし戻ってもどうなるかわからんけど、「生きたい」って思えたのが本当によかったな…て沁みちゃった
ねこちゃんが変に将来のこと言うんじゃなくて「お母さんのハンバーグいっぱい食べてください」って送り出すのめっちゃいい
いいんだよ 会いたい、食べたいで必死に頑張れる時間が得られるだけで
思い浮かべるだけで幸せになれる人がひとりいるってだけで最高なんだよ
ただ絶望して死んでいくよりずっといい

だからこそオイ阿鳥遥斗さんキミは
「本物の母親と話せるわけじゃない」って本人電話してる側で言っちゃうんかい
決意して去っていく背中にむかって「現世に帰っても大変なだけだと思うけど」ってケチつけてくるんかい
なんですが

はえ〜 メンチ切りそうになっちゃった

まあ塚原の「生きてるだけで勝ち」っていう「生への執着」との対比になってて、それが今後効いてくるのはわかるから大事なんだけど
それはそれとして「あ!?」です
一方で阿鳥遥斗らしい台詞だから若干嬉しくもあるんだよ なんなんだこの感情は

もう阿鳥さんの話やめたい やめます
やめません

ソフトタッチの原因

そういえばなんだけど

阿鳥が安藤さんを生き埋めから助ける時にもたもたソフトタッチに掘り起こしてた理由って多分「うっかり殺してしまった場合に自分が地獄に落ちると知っていたから」だよな~って

情報整理すると

まず阿鳥がホテルマンである以上 企業の危機管理として救命応急対処の心得は絶対あるやろなという想定でね(負傷手当の手際が良い描写もある)

で 確か、心臓マッサージとかも圧迫して胸骨折れるの怖がらず強くやれよって方針なんよね救急医療では

(参考:http://aed.jaam.jp/faq.html  :日本救急医師学会web)
だからこそ「生き埋めで死ぬ方がまずい!シャベル刺さって多少怪我したらマァそん時はそん時!」の塚原の豪快ザクザク場に合った行動という気がして
丁寧は大事だけど、とにかく探し当てなきゃ助けられないからさ
(心情としても助けなきゃ!と必死で動作が大きくなるのは自然に思えるし)

それ踏まえ阿鳥の「刺さったらどうするんだ」(ソフトタッチ)に、絶妙な違和感があるんよね。
人命救助の「命を助ける>負傷させないように」の優先順位と逆で……。

その違和感の答えとして、阿鳥が何故か「殺したらコッチが地獄におちる」と知っていた、という3章の辻褄って繋がるかもな~とか思っていて

さらに、この解釈なら京子の顛末(飛び降り)を知っても悲しそうな表情ひとつなかった4章阿鳥と、安藤を死なせた分岐で「クソッ」って感情的になる阿鳥の感性に整合性がとれてくる

2章BADと4章の違いを整理すると「客が死んでしまうこと」に感情を動かされるのではなさそう
  ↓
何に感情的になっていたのか?阿鳥が苛立つものとは?
  ↓
阿鳥は生前のホテルの仕事と黄昏ホテルの差異(記憶を探る仕事)に不満を感じている

「このホテルはかなりいい加減なホテルだと思う おまけにお客様の過去を詮索するようなホテルだ」
(5章『仕事は仕事』)

  ↓
「地獄行き」という現世のホテル業にないルールで「抑制される感覚」があって苛立っていたのでは?

と。
5章で塚原に「サックス吹くこと」を強制されそうになって感情爆発するのも
「後輩の自分本位な欲望」で「おそらくこうなるだろう、という予定調和」がねじ曲げられそうになったことへの怒り、と捉えられる。

特スト阿鳥の違和感からも察せることだけど

阿鳥は「この世の普通に身を委ねていて自分というものがない」というつもり、そういう主観なだけで、
実際マジョリティに属する人間か、といわれるとそうでもなく。
その実「自分の個人的な感覚」を「普通はこうあるべき」と過剰一般化してしまっているし、そのバイアスを訂正する経験をあまり持たずに生きてきた人というか。

note.com その影響で「個人的こだわりに反すること(本人は一般常識と思っている)」に「普通じゃない、間違いだ」強いストレスを感じるタイプなんじゃないかと思う

この性質のせいで阿鳥の意思って本人も全然わかっていないんだけど、
安藤さんの救出でモタついてるのを見るに、

「自分が地獄に」となると行動を変えざるを得ない
  ↓
地獄には行きたくない


ということだけはわかるぜ……という描写なのかもしれん
と 
だけはちょっと思っているのだった



で、その「ソフトタッチ」(塚原の台詞)、アニメではカットされてて
阿鳥が掘る様子は窓越しであまり見えなかった 塚原が必死にザクザクいった印象だけ残るかも?

というか初見の人どう思うんだマジで
成人男性が掘るのモタモタしてて女子高生の方が掘るの速いのちょっと『?』じゃない?

しかもそのモタモタしてた人が「現世に帰っても大変なだけだと思うけど」(アニオリ)って言ってるの、考え様によっちゃゾッとするんじゃないかな……?

いや私はそこまでのこと思ってないが 「そう見える」素地あるよなって


頬染め音子ちゃん

「可愛い人が輝いているのは素晴らしい!」のねこちゃんが一番可愛すぎてぶっ飛んだんですが
サンキューの話を前もって出したのもそうだけど、
塚原の「サンキューに対する興奮」と「ルリさんに対する興奮」が類似なものだっていうのがわかりやすかった

やっぱこんだけ非日常にあってもいつも通り「生きる楽しみを見つけられる塚原の精神の強かさ」が頼もしいというか、こんな人間だから「生きたい」って当然のように思えるんだよなって嬉しい気持ち

自分の人生の楽しさを自分で保証できてるんだよね
ねこちゃんは常に輝いていてかわいいね

というかこんだけ表情豊かなのに周りの人間には表情筋死んでるように見えてるらしいから解せないよ ホント


ルリさんと安藤さん


ルリさんはギャンブルを嫌っていて、当然ながら安藤さんのことも良い印象なくて積極的に関わってないんだろうけど
「ギャンブルに溺れたものの最後に家族の大切さに気がつく
という点で若干心の柔らかいところに刺さっちゃいそうなんだよな

ルリさんが立ち直る上ではああいう「家庭をめちゃくちゃにした属性奴が家族愛に目覚める姿」を見ない方がよかろうなと思う

当然「時にはあること」なんだけどさ
ルリさんの足元が安定してからじゃないとキツいよこれ グチャグチャになるって
ルリさんは賢い子だからなんとか耐えるかもしれないけど私が見せたくねえ……

個人的には安藤さんに然程の悪感情ないけど
関わらない方がいいタイミングってもんが人にはある


2話は『心の磁針を優先する選択』

たぶん『ギャンブル』って要素からして「情動」に全振りというか
「効率」や「ルール」に行動の軸を置いてる人間からすると意味不明な決断をする人もいる、
という話なんだと思う 2章って

苦しみがその先にあるとか、絶対大変だし危険だってわかってても、
「心惹かれるものがある方へ進む」っていう

そして塚原はそういう選択を肯定するタイプだし、塚原本人も「そういうこと」をしかねない、という気配を感じさせる章というか。


安藤さんは犯罪には関わったけどたぶん殺しまではしてないし
誰ソ彼世界のルールからしたら天国に行けてもおかしくないと思うのね
生き埋めから生還できるまでだって苦しいし
助かってもたぶん生きてるのバレたら追われるし

わざわざ現世に戻って苦しい思いするという選択は客観視すれば「効率的」では決してない
安藤からすれば野暮な阿鳥の呟きだけども、まあ「事実を辿れば導かれる損得勘定」ではある

阿鳥がポツリと「効率重視」や「現実実態」に沿った考えを述べる

それを凌駕する「心が求める何か」というのはあると示す。塚原の重心はそっち


という流れかな


1話で描いていたのは『惹かれると思っているもの』と自分が『実際に惹かれているもの』は違う、ということ

それを知るには、過去の行動や客室のアイテムを観察し分析すればよい

上記のプロセスを見せていた訳だけど

安藤さんは「自分が求めているもの」に関して1話ほど無自覚ではなかったというか、塚原に言われて初めて、とかではなかったんよね

結局のところ「人生の賭け」という台詞で「ギャンブラーとしての自分」を捨てたわけじゃないというのも見えてくる
最後の最後にではあるけど自分という人格を自分で自覚的に受け入れ決断したんだなと
1話と比べるとより「決断の手応え」があるというか
1話の選択よりもずっとずっと「自らの心」に対する確信が必要な選択だと思う

彼は自分の選択で苦しむかもしれないけど、「これは間違いなく自分の選択なんだ」という自負が得られたことは幸福だよな


その「自覚的に選択する幸福さ」に対してとても「鋭敏なセンサー」を塚原は持っているんだと思う





今回はここでオワリッ