考察キッチン

KOUSATSU-KITCHEN

【推しの子】不知火フリルの「狼少年」は何処から来た?

『推しの子』の不知火フリル。
びっくりした〜。
こんな描かれ方をするとは。

115話の意図も含めると、
なんであそこで『狼少年』が出てきたかわかってくる。


『推しの子』とは


2023年4月12日の第一話放送から、異例の90分枠で話題のアニメ。
公式ページ記載の導入あらすじは以下。

地方都市で働く産婦人科医・ゴロー。
ある日"推し"のアイドル「B小町」のアイが彼の前に現れた。
彼女はある禁断の秘密を抱えており…。
そんな二人の"最悪"の出会いから、運命が動き出していく―。

テレビアニメ『推しの子』公式web-ストーリーより引用


若干(?)芸能界の割り切れない大人の事情、残酷なシーンなども含むので、耐性のある人向け。

不知火フリル


そもそも不知火フリルの出番がだいぶ前だったので、どういう立ち位置か復習しておくと、
ともかく「売れっ子」の、『歌って踊れて演技もできるマルチタレント』。

初登場は19話で主人公たちが通う高校に通っており、クラスはルビーと一緒。
ルビーは不知火を「最推し」と言っており、その興奮具合から実力と人気が窺い知れる。

読者目線だとルビーたちの学内のシーンでしか出てこないのだが、作品世界では「誰もが知っている」
そういう立ち位置のキャラクター。

その不知火が、

『「星野アイ」をモチーフにした映画』の主演としてキャスティングされそう……!?

されそう、だけど! 不知火は売れっ子だから「オファーを断るかどうか」でキャスティングを左右できるんだぜ!
だから自分たちで演技見せ合って「自分たちで演者オーディション」しちゃおうぜ!

というのが
最新114話115話の流れ。

なのだが、そこで不知火が披露した『嘘つき』をテーマにした即興劇の描写。

もうなんか、
こうくるとは思わなくて……。

すごい……というか、「すごくない」のが凄かったんだよな……。

違和感のチューニング


たぶん『わざとしっくり来なくなくしてる』んだと思う。

これは、「不知火フリルが」ではなくて、作者さんたちが

『推しの子』は芸能界が主題であるので、演技の描写も多い。
で、度々「すごい演技」の描写が出てくるけど、そういう時は「凄さ」をわかりやすく演出してくれるんだよな、いつも。
演技で空気が変わった」ことを示す心象描写がふんだんに使われたり。

例えば「東ブレ」舞台化の稽古シーンで姫川大輝が演技を始めると、「東ブレ」の世界の情景がパッと画面内に広がり、花びらなんかも舞ってしまう。

実際の姫川はラフな練習着にボサボサの髪型でも、演技だけで「世界」を人に見せてしまう……という漫画的演出だ。

違うパターンだと、演技の描写に合わせて「違いがわかる人」の解説がドバドバ入ったりもする。
「東ブレ」舞台の本番シーン、鞘姫のキャラ性を表現する黒川あかねの演技の「すごさ」は、舞台を見にきた「東ブレ」原作者・鮫島アビ子が解説してくれる

それも、ベタ褒め大量モノローグで。

「原作者も興奮するくらい、凄い演技ってことか!」とわかりやすい描写である。

原作者の他に、監督、同業者である俳優の解説なんかも説得力がある。
「この演技はどこがどうだから、こうすごい」と具体的なのも助かるところ。


なのだが。


不知火フリルの即興劇には、「目に見える画面の変化」も、「分かってるやつの親切な解説」も、どちらもなかった……。

読者から見て、すごくなく見えるようにしてある」んだ、明確に。

でも不知火フリルは、世間的に(ルビーの目から見ても)『歌って踊れて演技もできるマルチタレント』であり、「実力が全然ない」訳ではないのである。本来。

実力派女優・黒川あかねのモノローグでも、不知火フリルの「役者としての評価」は悪くない

演技が上手ければ良い役者
という訳ではない
思わず注視してしまう何か
外連味がこの人にはある
それは役者としての大きな武器だ

━『推しの子』114話

外連味、……「俗世間に好かれる感じ」。
役柄に入り込めるとかではなく、「不知火フリル」として注目される力ってことだろう。

そもそも、「人気がある」ということは19話という初期段階で情報が出されている為、そういう意味での仕込みはちゃんとあるのだ。別に急に「超大人気売れっ子タレント」として生えてきた訳ではない。
情報自体ずっとあった、知っている筈だったのだ、我々は「不知火フリル」を


でも、黒川あかねが言う「不知火フリルの凄さ」は、漫画の描写としては「抑え目」になっている為に読者には伝わりづらい。

……いや、「どうしたら」と涙を流す場面とか、画面としての迫力だってあったのだが。
その箇所で、ルビーやあかねが気圧されたという部分も、普通に伝わっているのだが。

やっぱり今までの「すごい演技」の描写とくらべると、薄味。

画面の景色も変わらなければ、わかりやすい解説もないので、「なんかちょっとわかりづらかったけど黒川あかねさんは評価しているみたいだぜ!」

という感情になるのだ。


すごく、覚えがある感情だ。
あまりいいものじゃないし、消費者目線の浅はかさではあるんだけれど、あれ……。

「え……この役、この人? 知ってるけどさ……うーんしっくりこないな」

の、アレ!!

「今イケイケの芸能人」が好きな作品の映画化主演に選ばれた……けど、なんか違くない??

の、アレ!!


『推しの子』を読んでいると、かなり初期に「客を連れてくる看板役者」なる概念を教わるので、
”そういうもん”だというのは脳で理解できている分、直視したくない消費者目線のキャスティング違和感!!!

な……なんであの感情を再現しちゃうんだ……思い出したくなかったぜ……


も、もしかして……
この感慨の為に今まで「不知火フリル」を封印してたのか???


主人公たちが高校入ってから初めて登場した「超成功している芸能人」だったので、
いつ共演する展開がくるんだろうとぼんやり待ってたら、そういう……!?


たぶんこれ、不知火さん自身も違和感持ってるんだろうなっていうのがわかるのも凄い。

不知火さんは不知火さんなりに、脚本読み込んで解釈を固めてるんだよな。

だからこその「狼少年」。


狼少年と「ホントのこと」

不知火さんの即興劇、

嘘つきの狼少年が『再び構ってもらうため』に今度は本当のことを言う

って流れなんだけど、

これそのまんま『推しの子』の今までの展開と重なっていて……


①綺麗で完璧な嘘で人気を集めるアイ→嘘を引き継ぎ芸能の道を進む双子
「真実の暴露」で過去に再注目知名度を上げ映画化まで漕ぎ着ける

物語全体の俯瞰になってる。
(オチはノリで付け足した感じだけれども。)

作中映画の意図からしても、アクアに「世間の注目を集めたい」という部分があるのは明白で、それはどうも「アイの意思」が関わっているらしいし。
的確な分析ではある。

だから、不知火さんが脚本を読んで真剣に考えたのは見えるんだよな……要素として。

でも、それでも「狼少年」に違和感を抱く
なんかそうじゃない」気がする。

だって本当に、今まで一度も……
散々「嘘」という言葉が使われてきたのに、この『推しの子』という作品で「狼少年」という言葉は、ちらりとも触れられていないんだもの。

それって考えてみると当たり前、ではあって。
演技」やアイドルとしての「営業的振る舞い」の「」が、ずっと作品内で「肯定」されてきたからなんだよな。


「嘘」は愛。

嘘が本当になってほしいと思いながら、全力で嘘をついてきたアイ
その意思を継ぐように全てを隠し芸能の道に入ったアクアとルビー。

嘘は悪。なんて寓話でバッサリいかれたら困るんだ。
「嘘でもいいじゃん。むしろ嘘がいいんだよ」と肯定してスタートした物語だったから。
嘘だとしても、沢山の感情がそこに篭っているから。

狼少年って、どうしても「嘘」に対する「他者から批判されるイメージ」を想起させるんだよな。
だから、即興劇の流れが「今までの展開」の要点をついていようとも、どことなく納得がいかない。


「物語の外側」からきてるんだ。狼少年は。
過去に脱出してきたはずの場所から。

不知火さんもその違和感をわかっているんだと思う……。
脚本を読んで、解釈を深めようとして、だからこそ自分じゃないって思ってしまって。


そうか……不知火フリル。
出番が少ない上、演出としてもマイナスの印象を与えてしまったけど。
いままでずっと物語の外側にいて、彼女のことを知らなくて、だからこそ読者には「馴染まない」けど


やっぱみんな全力なんだよな……